3+1= 、6+1= のようなたし算の問題を見ると、子どもは、計算して答えを出す気に、自然になります。こうなった子に、こちらの計算を実況中継で見せれば、計算の仕方を修得します。そして、計算のスピードを、少しだけ速めるようにリードすれば、習慣のように計算して、答えを出すようになります。

3+1= 、

6+1= 、

2+1= のようなたし算の問題を、

子どもの目の前に置きます。

 

見た子は、

このたし算の問題から、

計算して答えを出すように

誘われている・・と感じるようです。

 

計算して答えを出そうとする気持ちに、

自然になってしまいます。

 

人間の頭に備わっている何らかの力に

動かされているような感じです。

 

3 歳児や、

4 歳児であっても、

たし算を目の前に置かれたら、

計算する気になるようです。

 

まだたし算を習っていない幼児でも、

計算の仕方を知らないはずですが、

それでも、

計算して答えを出したい気持ちになるようです。

 

もちろん、

年長の幼児や、小学 1 年生のように、

集中力が育っていませんから、

3 歳児が、

3+1= を見て、

計算する気になるのは短時間です。

 

そして、

気持ちを向ける対象が、

あちこちに入れ替わってしまいます。

 

でも、

こちらが誘ってもいないのに、

ほんの短時間であるとしても、

計算する気になるのは事実です。

 

 

さて、

たし算の問題を見た子は、

見ただけで、

計算する気になっていますから、

計算の仕方だけを教えれば、

熱心に学び、

計算の仕方を修得して、

自力で計算できるようになります。

 

「計算の仕方を教えるから、

よく聞いてね・・」のような動機付けは、

計算して答えを出すことに関しては、

必要のないことです。

 

 

こちらの計算の実況中継を見せる教え方が、

お勧めです。

 

この教え方は、

とてもシンプルに、

計算して答えを出す方法だけを、

子どもに伝えることができます。

 

実況中継の一例です。

 

3+1= の

3 を示して、

「さん」と声に出して読み、

1 を示して、

「し」と声に出して数え、

= の右を示して、

「し(4)」と実況中継します。

 

こちらの計算を見せているだけですから、

計算して答えを出すことだけを、

子どもに伝えています。

 

 

すると、

子どももすぐに、

計算して答えを出すことだけと理解して、

3+1=4 と書きます。

 

次の問題 6+1= の

6 を示して、

「ろく」と声に出して読み、

1 を示して、

「しち」と声に出して数え、

= の右を示して、

「しち(7)」と実況中継します。

 

答えの出し方を真剣に見ていた子は、

6+1=7 と書きます。

 

 

同じような教え方で、

答えの出し方だけを伝えれば、

10 問くらい見せる前に、

子どもは自力で計算できるようになります。

 

「もうできる!」や、

「分かったから・・」のように言うことで、

自力で計算できることを教えてくれます。

 

このレベルは、

「どうにか答えを出すことができる」です。

 

5+1= の 5 を見て、

「ろく」と数えて、

答え 6 を出して、

5+1=6 と書くことができます。

 

自力で計算できることが、

とてもうれしいようです。

 

これが、

「計算の仕方が入った」状態です。

 

次々に、

〇+1= のたし算を計算して、

答えを出すことができるレベルです。

 

 

さて、

自力で計算できるようになった子の

計算のスピードを、

少しだけ速めるようにリードします。

 

計算に慣れている子ですから、

3+1= の 3 を見たら、

「さん」と心の中で読む手間を省いて、

いきなり

「し(4)」と数えて、

3+1=4 と書くような計算です。

 

このような計算をしている子の

計算のスピードを、

少しだけ速めるのですから、

この子と同じ計算の仕方でリードします。

 

8+1= の 8 を無言で示して、

いきなり、

「く」と声に出して数えて、

= の右を示して、

「く(9)」です。

 

子どもと同じ計算の仕方で、

計算のスピードを少しだけ速めるリードです。

 

リードして、答えを出したら、

子どもが、

8+1=9 と書く速さを見ます。

 

こちらが、

8+1= の 8 を示して、

「く」と声に出して数えて、

= の右を示して、

「く(9)」と言う速いリズムに乗るように、

8+1=9 と書くようでしたら、

子どもは、

少しだけ速いスピードを体験できています。

 

こちらの少しだけ速いスピードのリズムに、

子どもが乗っているからです。

 

同じように、

速いスピードの計算をリードして、

こちらが見せる速いリズムに乗って、

子どもが答えを書くようになるまで、

4~5 問リードします。

 

そして、

このようなリードを繰り返すだけで、

子どもの計算のスピードは、

速くなります。

 

実は、

計算のスピードが速くなることで、

子どもの内面の

計算をリードするリーダーが、

計算を習慣としてリードするようになります。

 

速いリズムに乗った

速いスピードの計算を

子どもの内面のリーダーが、

習慣としてリードするようになります。

 

これが、

〇+1= のたし算に、

習熟したレベルです。

 

(基本  {\normalsize {α}} -485)、(+-  {\normalsize {α}} -285)

 

9÷3=2・・・3 は、してほしくない間違いです。「正しい答え」そのものと、「出し方」を教えます。

9÷3=2・・・3 と、

間違えています。

 

わり算の「あまり」 3 が、

割る数 3 と同じです。

 

割る数 3 よりも、

小さくなっていません。

 

このミスは、

してほしくない間違いですから、

教えます。

 

このようなミスをする子への

お勧めの教え方があります。

 

以下は、

教え方の詳細です。

 

9÷3=2・・・3 のミスをそのまま残し、

子どもの答え 2・・・3 の

2 の真下の余白を示し、

「さん(3)」と、

スポーツの掛け声のように、

短く鋭く言います。

 

聞いた子は、

2 の真下の余白に、

3 を書きます。

 

子どもが、

3 を書いたのを見たらすぐ、

9÷3= の割る数 3 と、

子どもが書いた 3 を、

順に示しながら、

「さざんがく(3×3=9)」と言って、

9÷3= の 9 を示します。

 

これだけの教え方です。

 

子どもが、

3 を書く時間を入れても、

ただの 5 秒くらいです。

 

このように教えられた子は、

9÷3=2・・・3 の答えを消して、

3 に書き直します。

 

9÷3=3 と書き直すことで、

答えの出し方と、

正しい答えを知ります。

 

 

参考のために補足します。

 

こちらが教えたことは、

9÷3= の答えを出すことです。

 

「出し方」を教えています。

 

子どもに、

言葉で説明して、

何らかの情報を入れようとしていません。

 

ただ、

「出し方」を教えただけです。

 

 

「出し方」と、

「入れ方」の違いの感じ方は、

こちらと、

子どもで、

同じではありません。

 

こちらは、

教え方のわずかな違いなのですが、

9÷3=2・・・3 を

正しく直そうとしている子どもには、

向きが真逆に感じます。

 

くどいようですが、

子どもは、

正しく直そうとしています。

 

正しい答えを出そうとしています。

 

このような向きを向いている子に、

こちらが、

9÷3=2・・・3 の

子どもの答えの「あまり」 3 を示して、

「あまりは、割る数よりも小さいのだから・・」のように、

説明したとしたら、

子どもは、

「えっ、何?」となります。

 

出そうとしている子に、

何かを入れようとしたら、

向きが逆ですから、

子どもを戸惑わせてしまいます。

 

 

正しい答えを出そうとしている子に、

こちらが、

9÷3=2・・・3 の 2 の真下の余白を示して、

「さん(3)」と言うだけのことでしたら、

「出した答え」そのものですから、

出そうとしている子に、

スッと受け入れてもらえます。

 

(基本  {\normalsize {α}} -484)、(×÷  {\normalsize {α}} -108)

 

3元1次連立方程式を解く前に、「何、消す?」と、「どうする?」が、子どもの内面で、自分に問う習慣になるように育てます。このプロセスで、子どもは、「解くための式の見方」を修得します。

連立方程式 {\begin{eqnarray}\left\{\begin{array}{1}3x-4y+z=-8\\4x-2y+3z=1\\5x+2y+2z=1\end{array}\right.\end{eqnarray}} を、

解く前に、

子どもに聞きます。

 

「何、消す?」です。

 

聞かれた子どもは、

式を見ます。

 

でも、

決められないようです。

 

迷っています。

 

 

こちらの質問 : 「何、消す?」の答えは、

x なのか、

y なのか、

z なのかのどれかです。

 

子どもは、分かっています。

 

だから、

{\begin{eqnarray}\left\{\begin{array}{1}3x-4y+z=-8\\4x-2y+3z=1\\5x+2y+2z=1\end{array}\right.\end{eqnarray}} を見て、

x か、y か、z かを、

決めようとしています。

 

 

このように、

子どもが迷っているとき、

普通の教え方では、

ユックリと考えることができるようにします。

 

x か、y か、z かを、

子どもが決めるまで、

ジッと待ちます。

 

「何、消す?」に、

子どもが答えるのを、

待ちます。

 

 

でも、

こうすると、

一定の速いスピードで答えを出すことで、

学べることを学ぶことが、

できなくなります。

 

{\begin{eqnarray}\left\{\begin{array}{1}3x-4y+z=-8\\4x-2y+3z=1\\5x+2y+2z=1\end{array}\right.\end{eqnarray}} を、

ジックリと時間をかけて、見て、

「何、消す?」の答えを出していたら、

連立方程式を解くための

式の見方を修得できません。

 

「何、消す?」と聞かれて、

1~2 秒で、

「 y 」と答えれば、

解くための式の見方に上達します。

 

 

実は、

連立方程式を解くための式の見方を、

言葉で説明して、

つかませることは、

とても難しいことなのです。

 

できないことではないでしょうが、

それは、

「解くための式の見方」を、

子どもが修得するための

手助け程度のことなのです。

 

「解くための式の見方」そのものを、

言葉で説明して、

伝えることは、

できない相談です。

 

 

こちら自身、

連立方程式 {\begin{eqnarray}\left\{\begin{array}{1}3x-4y+z=-8\\4x-2y+3z=1\\5x+2y+2z=1\end{array}\right.\end{eqnarray}} を見たら、

1~2 秒で、

「 y 」を消すことと、

2 番目の式と、3 番目の式を足すことと、

3 番目の式を、2 倍して、

1 番目の式と足すことを決めます。

 

どこをどのように見て、

どのように考えて、

そして、

このように決めていると、

言葉にしようとしてもできない相談です。

 

「全体を見る」や、

「係数(文字 x や、y や、z の前の数)だけを、

その位置で見る」のように説明しても、

「解くための式の見方」の

説明になってはいません。

 

「解くための式の見方」とは、

このように、

正体を特定することが難しい

何らかの力なのです。

 

この正体不明な

「解くための式の見方」を、

子どもにつかませるために、

「何、消す?」と、

子どもに聞いています。

 

 

1~2 秒待って、

子どもが答えないようでしたら、

こちらから、

「 y 」と、

答えだけを教えます。

 

どうして、y なのかの説明も、

どのように探したのかも、

説明しにくいのでしません。

 

ただ、

ズバリ、

「 y 」と教えます。

 

 

こうしてから、

「どうする?」と聞きます。

 

{\begin{eqnarray}\left\{\begin{array}{1}3x-4y+z=-8\\4x-2y+3z=1\\5x+2y+2z=1\end{array}\right.\end{eqnarray}} の y を、

どのように消すのかを、

子どもに聞きます。

 

 

すると子どもは、

y の前の数(係数)を、

上から順に見ます。

 

上から順に、

-4 、

-2 、

+2 です。

 

そして、

2 番目の「-2」と、

3 番目の「+2」を足せば、

0 になることと、

3 番目の「+2」を、2 倍した「+4」を、

1 番目と足せば、

0 になることを見つけます。

 

その子らしい言い方で、

説明してくれます。

 

そして、

これが、解き方になります。

 

 

このようにして、

「解くための式の見方」で、

どのように解くのかを決めます。

 

{\begin{eqnarray}\left\{\begin{array}{1}3x-4y+z=-8\\4x-2y+3z=1\\5x+2y+2z=1\end{array}\right.\end{eqnarray}} でしたら、

「 y 」を消すことと、

(2 番目)+(3 番目)と、

2×(3 番目)+(1 番目)です。

 

 

「何、消す?」と、

「どうする?」が、

子どもが、

心の中で、

自分に聞くようになるまで、

つまり、

「何、消す?」と、

「どうする?」を、

自分に聞く習慣が子どもに育つまで、

繰り返し聞き続けます。

 

(基本  {\normalsize {α}} -483)、(分数  {\normalsize {α}} -199)

 

「計算順」という答えを、一定の速いスピードで出し続ければ、答えを出すことで学べることを、子どもは学ぶことができます。つまり、計算順を決める力です。

(+3)×(-10)×0×(-1)= の計算順を、

計算する前に、

指で示させます。

 

子どもに、

「計算順?」と聞くだけです。

 

すると、

この子は、

(+3)×(-10)×0×(-1)= の

× を、左から順に、

指で示します。

 

3 回のかけ算を、

左から順に計算するように、

計算順を決めています。

 

見ていたこちらは、

「1 度に・・」と、

計算順を指定します。

 

これだけのことですが、

計算の仕方が違ってきます。

 

 

子どもが決めた計算順でしたら、

(+3)×(-10)×0×(-1)= の一部分、

(+3)×(-10) が、1 番目の計算です。

 

計算します。

 

- が、1 つですから、

答えの符号は、

- です。

 

数字の計算は、

3×10=30 です。

 

(+3)×(-10)=-30 と計算できます。

 

2 番目の計算は、

この答え -30 に、

×0 です。

 

式に書くと、

(-30)×0 です。

 

0 を掛ける計算の答えは、

0 ですから、

(-30)×0=0 です。

 

3 番目の計算は、

この答え 0 に、

×(-1) です。

 

0 に、

何を掛けても、

答えは 0 です。

 

子どもが決めたような計算順で計算すると、

このような計算になります。

 

そして、

(+3)×(-10)×0×(-1)=0 です。

 

 

こちらが指定したように、

「1 度に・・」の計算順にすれば、

(+3)×(-10)×0×(-1)= を、

1 度に、かけ算します。

 

まず、

- の数を数えます。

 

順に符号だけを見ていくと、

- が、2 つあることと、

0 を掛ける計算に、

なっていることに気付きます。

 

すると、

この 0 があることに気付いたことから、

式 (+3)×(-10)×0×(-1)= の答えを、

0 とできます。

 

0 を掛けても、

0 に何かを掛けても、

答えは、0 になるからです。

 

このように、

計算順の決め方で、

計算の仕方が違います。

 

 

さて、

(+3)×(-10)×0×(-1)= を、

「1 度に・・」を指定されたために、

この子は、

計算順の決め方に、

混乱し始めます。

 

5×7×0÷2-6÷2= の計算順を、

決められなくなります。

 

 

もちろん、

このような混乱は、

子どもが、

今よりも伸びる前に起こりますから、

歓迎すべきことです。

 

計算順を決められない子に、

計算順そのものを教えます。

 

5×7×0÷2-6÷2= の - の左の

「5×7×0÷2」が、1 番目、

- の右の「6÷2」 が、2 番目、

そして、- が、3 番目の計算です。

 

 

このような計算順を決める力を、

計算順を決める練習を、

一定の速いスピードで繰り返すことで、

子どもはつかむことができます。

 

子どもが、

計算順を決めることは、

つまり、

計算順という答えを出すことで、

練習した子どもだけが、

学ぶことのできる学びです。

 

算数や数学の計算には、

言葉で教えようとしても、

教えることができなくて、

答えを出すことを繰り返した子が、

学ぶしかない学びがあります。

 

計算順という答えを出すことも、

答えを出すことで、

学ぶことができる学びです。

 

 

実際に、

5×7×0÷2-6÷2= の計算順を、

言葉で説明して、

子どもに理解させて、

- の左と右に、

計算が分かれていることを、

理解させようとしても、

無理な話でしょう。

 

(基本  {\normalsize {α}} -482)、(分数  {\normalsize {α}} -198)

 

子どもの「分からない」を、「計算して、答えを出したいから、答えの出し方を教えて・・」のように聴いて、こちらが、「答えの出し方」をやって見せます。こうすると、子どもに信頼されて、何回でも、聞いてくれます。

算数や数学の計算の仕方を教えるとき、

子どもを理解することだけを目的としている

理解目的の聴き方を、

まれにしか見ることがないようです。

 

普通に見るのは、

教えようとしている話し方ですから、

子どもの話を聴いているときも、

聴いているのではなくて、

心の中で、

教える準備、

つまり、話す準備をしています。

 

理解するだけの聴き方を、

教育の現場で見ることは、

本当にまれです。

 

ですが、

子どもを

理解目的で聴くことができれば、

子どもの計算力を育てることも、

子ども自身を育てることもできます。

 

実際のところ、

こちらが子どもを育てるのではなくて、

子どもが、

子ども自身を育てています。

 

子どもが、

自分を育てる手伝いをしているだけですから、

子どもの話を、

理解目的で聴くことは、

実は、

とても重要です。

 

こういうことですから、

理解するだけの聴き方を、

子どもに試す価値があります。

 

 

例えば、

 {\Large\frac{1}{8}} {\Large\frac{7}{8}}= の分数のたし算を、

子どもから、

「分からない」と聞かれるようなときです。

 

子どものことを、

理解するためだけに聴こうとすれば、

「計算して、答えを出したいから、

答えの出し方を教えて・・」のような感じで、

聴くことでしょう。

 

 

このように、

子どもの「分からない」を、

聴くことができれば、

「計算して、答えを出すことだけ」を、

この子に、

教えようとします。

 

「教える」では、

正しく伝わらないでしょう。

 

「答えの出し方」を、

こちらがやって見せる・・のような感じです。

 

こうすれば、

「計算して、答えを出したいから、

答えの出し方を教えて・・」と、

子どもを理解したことと、

整合性が取れます。

 

 

以下は、

やって見せる「答えの出し方」の一例です。

 

 {\Large\frac{1}{8}} {\Large\frac{7}{8}}= の = の右を示して、

「棒(-)」です。

 

こちらが、

「答えの出し方」を見せていると、

子どもはすぐに理解して、

 {\Large\frac{1}{8}} {\Large\frac{7}{8}} {\Large\frac{\:\:\:}{\:\:\:}} と書きます。

 

次に、

 {\Large\frac{1}{8}} {\Large\frac{7}{8}} {\Large\frac{\:\:\:}{\:\:\:}} の 2 つの 8 を、

順に示して、

(視線を向けて、同じであることを確かめて)、

(同一分母であることを確かめて)、

(通分されていることを確かめて)、

右の  {\Large\frac{\:\:\:}{\:\:\:}} の下を示して、

「8」です。

 

子どもが、

8 を書いて、

 {\Large\frac{1}{8}} {\Large\frac{7}{8}} {\Large\frac{\:\:\:}{8}} こうなります。

 

続いて、

 {\Large\frac{1}{8}} {\Large\frac{7}{8}} {\Large\frac{\:\:\:}{8}} の分子の 1 と 7 を、

順に示しながら、

「1+7=8」、

 {\Large\frac{\:\:\:}{8}} の上を示して、

「8」です。

 

やはり子どもは、

8 を書いて、

 {\Large\frac{1}{8}} {\Large\frac{7}{8}} {\Large\frac{8}{8}} こうなります。

 

それから、

 {\Large\frac{1}{8}} {\Large\frac{7}{8}} {\Large\frac{8}{8}} の答え  {\Large\frac{8}{8}}

上の 8 と、

下の 8 を示しながら、

「8÷8=1」、

 {\Large\frac{8}{8}} の右を示して、

「わ(=)」、

「1」です。

 

これで子どもは、

 {\Large\frac{1}{8}} {\Large\frac{7}{8}} {\Large\frac{8}{8}}=1 と書いて、

答えの出し方を理解します。

 

 

また、

同じ子から、

 {\Large\frac{5}{6}} {\Large\frac{5}{6}}= も、

「分からない」と聞かれます。

 

同じように、

子どもを理解して、

同じように、

こちらが、

「答えの出し方」をやって見せます。

 

詳細を省きますが、

 {\Large\frac{5}{6}} {\Large\frac{5}{6}} {\Large\frac{\:\:\:}{6}}

 {\Large\frac{5}{6}} {\Large\frac{5}{6}} {\Large\frac{10}{6}}

 {\Large\frac{5}{6}} {\Large\frac{5}{6}} {\Large\frac{10}{6}}=1 {\Large\frac{4}{6}}

 {\Large\frac{5}{6}} {\Large\frac{5}{6}} {\Large\frac{10}{6}}=1 {\Large\frac{4}{6}}=1 {\Large\frac{2}{3}} のように、

1 ステップずつを、

やって見せます。

 

もちろん、

 {\Large\frac{10}{6}}=1 {\Large\frac{4}{6}} の計算で、

「仮分数を帯分数に変える」や、

「分子を、分母で割る」のように、

言葉で説明しません。

 

これは、

「答えの出し方」をやって見せるのではなくて、

こちらが話して、

子どもに理解させようとしていますから、

子どもの希望、

「計算して、答えを出したいから、

答えの出し方を教えて・・」を満たせません。

 

子どもが、

計算の仕方を理解する手助けの積りでも、

子どもの話を理解目的で、

聴いていないことになって、

おかしな話ですが、

子どもを、

ガッカリとさせます。

 

同じ子から、

さらに、

 {\Large\frac{7}{9}} {\Large\frac{5}{9}}= も、

「分からない」と聞かれます。

 

こちらが、

「答えの出し方」をやって見せます。

 

詳細を省きますが、

 {\Large\frac{7}{9}} {\Large\frac{5}{9}} {\Large\frac{\:\:\:}{9}}

 {\Large\frac{7}{9}} {\Large\frac{5}{9}} {\Large\frac{12}{9}}

 {\Large\frac{7}{9}} {\Large\frac{5}{9}} {\Large\frac{12}{9}}=1 {\Large\frac{3}{9}}

 {\Large\frac{7}{9}} {\Large\frac{5}{9}} {\Large\frac{12}{9}}=1 {\Large\frac{3}{9}}=1 {\Large\frac{1}{3}} のように、

1 ステップずつを、

やって見せます。

 

「えっ、これもなの?」、

「もう、できるでしょ・・」、

「やってみたら・・」とは、

しないように注意します。

 

こうしてしまうと、

「答えの出し方」ではありませんし、

子どもの希望、

「計算して、答えを出したいから、

答えの出し方を教えて・・」を満たせません。

 

 

このように、

子どもの話 : 「分からない」を、

理解目的で聴いて、

「計算して、答えを出したいから、

答えの出し方を教えて・・」と理解して、

「答えの出し方」をやって見せるから、

子どもは、

何回でも、

聞いてくれます。

 

実は、

子どもは、

聞くことが嫌いです。

 

「答えの出し方」から離れて、

少しでも、

何かを教えようとすると、

次から、

子どもは聞くことをやめます。

 

(基本  {\normalsize {α}} -481)、(分数  {\normalsize {α}} -197)

 

2021年06月05日(土)~2021年06月11日(金)のダイジェスト。

21年06月05日(土)

 

筆算のたし算  {\normalsize { \begin{array}{rr} 48 \\ +\: 46 \\ \hline \end{array} }} \\ や,

かけ算  {\normalsize {  \begin{array}{rr}  29 \\ \:\times  \:\:\: 4 \\ \hline \end{array}  }}\\ は、

いくつかの計算を組み合わせています。

 

 {\normalsize { \begin{array}{rr} 48 \\ +\: 46 \\ \hline \end{array} }} \\ のたし算は、

8+6=14 と、

4+4=8 と、

8+1=9 の

3 つのたし算の組み合わせです。

 

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  29 \\ \:\times  \:\:\: 4 \\ \hline \end{array}  }}\\ のかけ算は、

4×9=36 と、

4×2=8 と、

8+3=11 の計算の組み合わせです。

 

でも、

このように見ることのできる子は少数です。

 

分数の計算まで進むと、

いくつかの計算を組み合わせていると、

見る子が増えます。

 

例えば、

0.2× {\Large\frac{5}{6}}= の小数の混ざった分数のかけ算は、

小数 0.2 を、分数  {\Large\frac{1}{5}} に変える計算と、

 \require{cancel}\displaystyle {\frac{1}{\begin{matrix}\cancel{5}\\1\end{matrix}\,}}× \require{cancel}\displaystyle {\frac{\begin{matrix}1\\\cancel{5}\end{matrix}\,}{6}}= と約分する計算の組み合わせです。

 

 

21年06月06日(日)

 

計算問題を前にしたら、

子どもは答えを出したくなります。

 

7+1= を出されたら、

答え 8 を出そうとしています。

 

計算の仕方を知らなくても、

計算したくなっています。

 

初めて習う  {\normalsize { \begin{array}{rr} 28 \\ +\: 15 \\ \hline \end{array} }} \\ を見せられたら、

計算の仕方を知らないのですが、

計算して答えを出したい気になっています。

 

このような子に、

こちらの計算の実況中継を見せれば、

子どもは、頭の中に「?」を浮かべながら、

計算の仕方をつかんでしまいます。

 

 

21年06月07日(月)

 

計算問題を前に、

「やる気」を感じさせない態度です。

 

ダラダラと計算しています。

集中が切れて、ボ~ッとしています。

鉛筆をクルクル回して遊んでいます。

このような態度です。

 

このような子の「やる気」を少しも触らないで、

一定のスピードの計算に戻る手助けを、

繰り返します。

 

こうすると、副産物として、

子ども自身、

自分の「やる気」に縛られないで、

計算に集中できるように育ちます。

 

 

21年06月08日(火)

 

筆算のかけ算の計算で、

繰り上がりのたし算を、

先回りして待つことは、

子どもが繰り返し計算する中で、

自らつかむ以外に学ぶ方法がありません。

 

例えば、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  29 \\ \:\times  \:\:\: 4 \\ \hline \end{array}  }}\\ のような計算です。

 

こちらは、

最初の計算で、

4×9=36 のように、

繰り上がりがあれば、

次の九九 4×2=8 の後、

繰り上がりのたし算 8+3=11 を

計算すると分かっていて、

たし算の計算を、

先回りして待ち伏せています。

 

でも、

筆算のかけ算に慣れる前の子どもは、

繰り上がりのたし算を、

先回りで待ち伏せるのではなくて、

後追いです。

 

先回りして待ちぶせることは、

子どもが、

自らつかむ以外に学ぶ方法がありません。

 

 

21年06月09日(水)

 

3+1= や、

3+2= の計算の仕方を、

こちらの計算の実況中継を見せて教えます。

 

5 問、

10 問と見ることで、

子どもは言葉にならない思考で、

答えを出す計算の仕方を、

自ら生み出し(創造)ます。

 

つまり、

実況中継を見せる教え方で、

子どもの発想力を育てて、

創造力を伸ばすことになるようです。

 

 

21年06月10日(木)

 

3+1= の計算の仕方を、

こちらをリードする

こちらの内面のリーダーが、

計算の実況中継を見せる教え方を選び、

そのように教えます。

 

子どもの内面の子どもをリードするリーダーが、

見た計算をどのように利用するのかを決めて、

自分が決めたように(独創性)、

自分をリードします。

 

こうして、

自力で、

7+1= を計算します。

 

多くの子は、

7+1= の 7 を見て、

「はち」と数えて、

7+1=8 と書くような計算です。

 

 

21年06月11日(金)

 

既に持っている計算力を利用して、

アレコレと工夫して、

計算の答えを出してしまうという

責任を持った主体性を、

子どもに育てています。

 

このような主体性が育つことで、

初めての計算でも、

「やってみよう!」と思う子になります。

 

既に持っている計算力を利用して、アレコレと工夫して、計算の答えを出してしまうという責任を持った主体性を、子どもに育てています。このような主体性が育つことで、初めての計算でも、「やってみよう!」と思う子になります。

算数や数学の計算力を育てているのとは、

少しだけ違います。

 

計算問題を解く子ども自身を、

育てています。

 

つまり、

計算問題を解く子どもを育てると、

育った子は、

その計算を解くことができるようになります。

 

計算の仕方を教えることと、

同じように感じるでしょうが、

微妙に違っています。

子どもを育てています。

 

 

育てるテーマの具体的な一つが、

主体性です。

 

初めて見る計算でも、

自力で工夫できそうだと思う主体性や、

自分が答えを出す主体性や、

できる部分を計算してしまう主体性です。

 

このような主体性を、

育てます。

 

既に持っている計算力を利用して、

アレコレと工夫して、

計算の答えを出してしまうという

責任を持った主体性です。

 

 

例えば、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\:\:\:\times  \: 321 \\ \hline \end{array}  }}\\ のような

3けた×3けたのかけ算です。

 

この一部分の  {\normalsize {  \begin{array}{rr}  \:\:\:\:\:\:314 \\ \:\times  \:\:\:\:\: 21 \\ \hline \end{array}  }}\\ でしたら、

この子は、

計算できます。

 

3けた×2けたのかけ算を、

計算できる力を持っています。

 

また、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  \:\:\:\:\:\:314 \\ \:\times  \:\:\:\:\: 21 \\ \hline \end{array}  }}\\ を初めて習ったとき、

掛ける数 21 の 2 を隠して、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  \:314 \\ \times  \:\:\:\:\:\: 1 \\ \hline \end{array}  }}\\ のような

「3けた×1けた」にして、

この計算できる一部分を計算するような、

一部分だけを計算する学び方を、

この子は、

多くの体験を通して知っています。

 

一部分を隠すことで、

見慣れている計算に変えてしまう工夫の仕方を、

この子は体験を通して知っています。

 

 

だから、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\:\:\:\times  \: 321 \\ \hline \end{array}  }}\\

掛ける数 321 の 3 を隠せば、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  \:\:\:\:\:\:314 \\ \:\times  \:\:\:\:\: 21 \\ \hline \end{array}  }}\\ になって、

この一部分でしたら、

計算する力を、すでに持っていると、

自分をリードできるはずです。

 

そして、

この一部分を、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\times  \:\:\:\: 21 \\ \hline   314 \\  \: 628\:\:\:\,\\\end{array}  }}\\ と、

計算できるはずです。

 

 

そうしたら、

次は、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\:\:\:\times  \: 3\,\:\:\:\:\:\: \\ \hline \end{array}  }}\\ の計算だろうと、

この子は、予想できるでしょう。

 

そして、

掛ける数 321 の 21 を無視して、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\times  \: 3\,\:\:\:\:\:\: \\ \hline   314 \\  \: 628\:\:\:\,\\\end{array}  }}\\ のように見ますから、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\:\:\:\times  \: 3\,\:\:\:\:\:\: \\ \hline \end{array}  }}\\ の答えを、

左に 2 つずらして書くのだろうと、

気付きます。

 

 

「このくらいのことは、できるだろう」と、

この子に期待して、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\:\:\:\times  \: 321 \\ \hline \end{array}  }}\\ を計算するように促します。

 

すると、

「分からない」と、

強く主張して、

自分で計算しようとしません。

 

 

ただ、

「分からない」の言い方です。

 

「やりたくない」ではありませんから、

計算しようとする気持ちがあるようです。

 

この子は、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\:\:\:\times  \: 321 \\ \hline \end{array}  }}\\ を計算する気になっていると、

ポジティブに理解します。

 

そして、

「分からないが、計算して答えを出したい」を、

そのまま受け入れてしまい、

こちらの計算の実況中継を見せます。

 

 

最初に、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\:\:\:\times  \: 321 \\ \hline \end{array}  }}\\ の 321 の 1 と、

真上の 4 を示して、

「1×4=4」、

321 の 1 の真下を示して、

「4」です。

 

見て、聞いている子は、

「分かっている」ことですから、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\times  \: 321 \\ \hline   \,\:\:\:\:\:\:4\\\end{array}  }}\\ と書きます。

 

この続きも、

この子の「分かっている」ことですから、

同じようにリードして、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\times  \: 321 \\ \hline   314 \\   628\,\,\:\:\\\end{array}  }}\\ まで計算をリードします。

 

この次は、

掛ける数 321 の 3 と、

314 の 4 を、

下から右斜め上に示して、

「3×4=12」、

子どもの答え 628 の 2 の真下を示して、

「2」、

「指、1」です。

 

子どもは、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\times  \: 321 \\ \hline   314 \\   628\,\,\:\:\\   2\,\:\:\:\:\:\:\\\end{array}  }}\\ と書いて、

指に、繰り上がり数 1 を取り、

左に 2 つずらした位置に答えを書くことを、

「思った通りだ」なのでしょう。

 

この続きも、

同じように計算をリードして、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\times  \: 321 \\ \hline   314 \\   628\,\,\:\:\\   942\,\:\:\:\:\:\:\\\end{array}  }}\\ と、

かけ算の計算を終えます。

 

 

この後は、

3 行のたし算です。

この子は、初めてです。

 

「ここ、線」のリードで、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\times  \:\:\: 321 \\ \hline   314 \\  \:\: 628\,\,\:\:\\   942\,\:\:\:\:\:\:\\ \hline \end{array}  }}\\ と、線を引かせてから、

たし算をリードして、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  314 \\ \:\:\times  \:\:\: 321 \\ \hline   314 \\  \:\: 628\,\,\:\:\\   942\,\:\:\:\:\:\:\\ \hline 100794\end{array}  }}\\ と計算します。

 

 

このように、

「分からないが、計算して答えを出したい」に、

こちらの計算の実況中継を見せて、

計算の仕方を教えれば、

「自分でもできた計算だ!」と、

子どもは心で認めます。

 

これが、

この子の主体性を刺激して、

目には見えませんが、

主体性が、少し育ちます。

 

(基本  {\normalsize {α}} -480)、(×÷  {\normalsize {α}} -107)