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のようなたし算を計算しています。
計算の仕方を知っています。
でしたら、
一の位の 5 と 3 を上から下に見て、
5+3=8 と計算して、
と書きます。
次に、
十の位の 4 と 2 を上から下に見て、
4+2=6 と計算して、
と書いて、答えを出します。
繰り上がりのたし算もできます。
でしたら、
3+9=12 の 2 を書いて、
1 を繰り上がり数として覚えます。
と書いて、
1 を覚えています。
次に、
6+3=9 に、
繰り上がり数 1 を足して、10 にして、
と書いて、答えを出します。
計算の仕方を知っていますが、
スラスラと計算できる手前です。
繰り上がりがあったり、なかったりで、
モタモタしてしまうと、
悔しくて泣きます。
やや普通ではない見方ですが、
こちらは、
「育っている!」と、
この子に共感します。
実は、
小2のこの子は、
3+9= のようなたし算を、
数カ月前まで、
指で数えて計算していました。
ですから、
算数の計算が苦手で、
自分のことを、
「計算ができない子」と見ていました。
でも、
数カ月間、
3+9= のようなたし算を、
速く数える練習を繰り返すことで、
指を使わくなりました。
自分のことを見る見方は根強くて、
それでもまだ、
「計算ができない子」と見ていたようです。
そして、
暗算のたし算の指が取れてから、
のような筆算を練習し始めると
悔しくて泣くようになりました。
とてもいい泣き方です。
自分のことを、
「計算のできる子」と見るように、
自分を見るセルフパラダイムが
大きく変わったようです。
3+9= を指で数えて、
モタモタと計算していたときには、
悔しくて泣いたりしていません。
自分を、
「計算ができない子」と見ていて、
指を使って計算しているのですから、
その通りなのです。
でも今、
3+9= を見ただけで、
答え 12 が浮かぶようになっています。
を計算し始めたら、
9+2=11 や、9+7=16 が、
瞬時に計算できるのに、
筆算でモタモタすることが悔しくて、
泣く子に育っています。
「計算のできる子」と、
自分を見るようになったこの子は、
筆算でモタモタしている自分が悔しいのです。
「育った!」です。
ですから、
泣かせておきます。
自分のことを、
「計算のできる子」と見ていて、
モタモタしている計算を
悔しがって泣いているのです。
この悔し泣きは、
のようなたし算を、
楽にスラスラと計算できるようになりたいと
強く思っている動機ですから、
泣かせておきます。
(基本 -238)、(+- -152)