約分の約数は、思い付くか、あるいは思い付かないかです。思い付く感覚自体を、教えようがありません。約数だけを教えれば、すぐに約分できます。すると、その問題と、約数が、子どもの心に残ります。

「あなたができてもできなくても、

どうでもいいのだけれどね・・」と、

こちらが心の中で思います。

 

普通は、

ネガティブな気持ちです。

 

約数を思い付くような教えようがないことに、

非常識なことですが、

最上のポジティブな気持ちで、

「あなたができてもできなくても、

どうでもいいのだけれどね・・」です。

 

こうすることができます。

 

 

例えば、

 {\Large\frac{26}{65}}= の約分で、

「何で割るのですか?」と聞いた子に、

最上のポジティブな気持ちで、

つまり、心の中で、

「よく聞きに来てくれた・・」と、

歓迎する気持ちで、

「約数を思い付いても、

思い付かなくても、

どうでもいいのだけれどね・・」です。

 

心の中で思うだけですから、

声に出して言いません。

 

約数を思い付くこと自体、

どう頑張って教えようとしても、

教えようがないからです。

 

 

さて、

最上のポジティブな気持ちで、

「約数を思い付いても、

思い付かなくても、

どうでもいいのだけれどね・・」と思って、

 {\Large\frac{26}{65}}= の約数を、

「13」とだけ教えます。

 

「13 を思い付くこと自体」を、

教えようがないので、

教えていません。

 

より正確には、

「思い付かない子」にではなくて、

「13 を思い付く子」に、

「13」と教えますから、

思い付く子に育ちます。

 

さらに、

「えっ、また?」、

「もう何回も教えているのに・・」のように、

ネガティブな気持ちになることを、

防ぐことができます。

 

 

思い付くかどうかは、

感覚です。

 

何らかの方法を使って、

約数 13 を出せたとしても、

「思い付く」ではありません。

 

13 を思い付く感覚を持つために、

 {\Large\frac{26}{65}}= を計算しただけの話なのです。

 

「約数 13 を思い付こうが、

思い付くまいが、

どうでもいいのだけれどね・・」と心で思って、

約数を思い付く感覚まで教えられないことを、

こちらはハッキリと自覚します。

 

そして、

「13」と、

約数だけを教えます。

 

こうすると、

子どもはすぐ、

13 で割ることができて、

 {\Large\frac{26}{65}} {\Large\frac{2}{5}} と答えを書きます。

 

短時間で、

約数 13 と、

 {\Large\frac{26}{65}}= を、13 で割ったことを、

組にして残します。

 

このような組が、

約数 13 を思い付く、

元になります。

 

(基本  {\normalsize {α}} -724)、(分数  {\normalsize {α}} -313)