41×2= を、このまま計算できるのに、63×4= を、「分からない」と聞きます。繰り上がり計算に戸惑っています。でも、甘えです。一瞬で断ち切れます。

41×2= を、

筆算 {\normalsize{\begin{array}{rr} 41 \\\:\times\:\:\: 2 \\ \hline \end{array}}}\\ に書き換えないで、

このまま計算する方法を教えます。

 

41×2= の 2 と 1 を、

この順に示しながら、

「2×1=2」と九九を唱え、

= の右に、

数字 1~2つ分くらい空けて、

「ここ」とリードします。

 

リードされた子は、

「このまま計算するらしい」、

「右から左に見るらしい」のような感じで、

納得して、

41×2=   2   と書きます。

 

 

こちらは続けて、

41×2=   2   の 2 と 4 を、

この順に示しながら、

「2×4=8」と九九を唱え、

子どもが書いた 2 の左手前を示して、

「ここ」とリードします。

 

「答えも、右から左らしい」と納得した子は、

41×2= 82   と書きます。

 

この子は、

この 1問の答えの出し方を見たら、

同じような問題 32×3= を、

自力で計算できます。

 

1問で十分です。

 

 

でも、

63×4= の答えの出し方を聞きます。

 

何も書かないまま、

「分からない」です。

 

 

この子は、

63×4= の 4 から、3 を見て、

「4×3=12」と九九の答えが出すことまで、

自力でして、

「えっ、12 なの?」となったようです。

 

繰り上がりなのです。

 

「習っていない・・・」となり、

そして、

「分からない」です。

 

 

間違えてもいいから、

4×3=12 の 2 を、

63×4=  2   と書いて、

1 を繰り上がり数として覚えて、

続いて、

4 から、6 を見て、

「4×6=24」と九九の答えを出して、

繰り上がり数 1 を、

「24+1=25」と足して、

63×4=252   と書く勇気が、

まだ育っていません。

 

何も書かないまま、

「分からない」と幼稚な質問で聞くことから、

推測できます。

 

「どうやるの?」と聞くようになるのは、

もう少し育ってからです。

 

 

さて、

「分からない」と聞かれて、

即、

63×4= の答えの出し方を見せます。

 

こちらの計算を、

実況中継で見せるだけの教え方をします。

 

こうすれば、

見ている子は、

答えの出し方を、

自力で発見しなければならなくなります。

 

「分からない」と聞く甘えたレベルから、

一瞬で、

離れます。

 

そして、

こちらが見せる答えの出し方を、

真剣になって見ます。

 

 

63×4= の 4 から、3 を示して、

「4×3=12」と九九を唱えて、

= の右に、

数字 1~2つ分くらい空けて、

「ここ 2」、

「指、1」とリードします。

 

甘えの反応性を、

こちらの振る舞い方で、

一瞬で打ち切られたこの子は、

主体的になるしかなく、

63×4=  2   と書いて、

指を 1本伸ばします。

 

子どもの動きを見たこちらは、

63×4=  2   の 4 から、6 を示して、

「4×6=24」と九九を唱えて、

子どもが指に取った 1 を触って、

「1 増えて、25」と言ってから、

子どもが書いた 2 の左を示して、

「ここ」です。

 

「指に、1 で、

足すだけのことか・・・」のように理解して、

63×4=252   と書きます。

 

 

甘えの反応性を、

一瞬で断ち切らせてしまい、

主体性の自己責任の真剣さに、

子どもをワープさせることができます。

 

こちらの計算を見せるだけの教え方に、

このような力が秘められています。

 

このことを知っていて、

そして、

リードできれば、

こうできます。

 

(基本  {\normalsize {α}} -814)、(×÷  {\normalsize {α}} -158)