答えを出すことだけを教えます。
言葉で説明しません。
こちらが答えを出すことを見せるだけです。
こうすると、
子どもが学ぶことは、
答えを出すことだけになります。
例えば、
3+1= のたし算の初歩です。
3 を無言で示して、
「さん」と言うだけにして、
1 を無言で示して、
「し」と言うだけにして、
= の右の余白を無言で示して、
「し」と言うだけにします。
言葉で説明しません。
答えを出すことを見せるだけです。
これだけのことを見て聞いた子は、
3+1=4 と書きます。
答えを出すことだけを学んでいます。
あるいは、
の筆算のたし算です。
7 と 5 を無言で示して、
「しち足すご、じゅうに」と言うだけにして、
5 の真下を無言で示して、
「に」、
「指、いち」と言うだけにします。
これだけのことを見て聞いた子は、
と書いて、
自分の指を 1本伸ばします。
続けます。
の問題の 2 と 1 を無言で示して、
「に足すいち、さん」と言うだけにして、
子どもが伸ばした指を、無言で触って、
「いち増えて、し」と言うだけにして、
1 の真下を無言で示して、
「し」と言うだけにします。
子どもは、
と書きます。
答えの出し方を、
言葉で説明していません。
答えを出すことを見せているだけです。
ですから、
子どもは、
答えを出すことだけを学んでいます。
このような教え方だけを繰り返しますから、
自然な結果として、
子ども自身の
答えを出すことへのこだわりが強くなります。
答えを出すことしか目にしていないし
学んでいないからです。
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