実況中継型リードに、「えっ、何?」と戸惑うことが含まれています。謎です。謎の前後は、よく分かっていることですから、実況中継型リード自体が、謎にはなっていません。

実況中継型リードを見て、学びます。

 

学ぶ内容が、

同じように「答えを出すこと」です。

 

実況中継型リードが、

まねする動く見本になっています。

 

例えば、

5+3=  の 5 を示せば、

見ている子どもは、

5 を見ます。

 

こちらの実況中継型リードを見て、

同じようにまねしただけです。

 

「ここを見るらしい・・・」などと、

言葉にすることなく、

5+3=  の 5 を示されたから、

子どもは、5 を見ます。

 

「まねして、5 を見よう」などと、

理解する必要もなく、

5 を示されたから、

5 を見るだけのことです。

 

 

続く実況中継型リードで、

「ご」と言われたら、

子どもは心の中で、

「合っている」、

「確かに、5 は、ごのことだ」のように、

内言でつぶやくのでしょう。

 

口に出さないにしても、

まねしようと思うこともなく、

内言で、

「ご」とつぶやくでしょう。

 

理解するような「入れる学び」を

まったくしないままに、

「出す学び」のまま

「ご」と、内言でつぶやくでしょう。

 

 

さらに、

3 を示されたら、

やはり、3 を見るでしょう。

 

まねしているのではなくて、

3 を示されたから、

3 を見ているだけでしょう。

 

 

そして、

「ろく、しち、はち」と言われたら、

子どもは初めて、

戸惑います。

 

3 を示されて、

「さん」ではなくて、

「ろく、しち、はち」ですから、

ひどく戸惑います。

 

「えっ、どういうこと」などと、

言葉にするまでもなく、

ただ困ってしまいます。

 

 

それでも、

= の右を示されたら、

= の右を見ます。

 

ただの空白です。

 

そして、

「ここ、はち(8)」と言われますから、

「はち」と言われたから、

条件反射のように、

5+3=8  と、

8 を書きます。

 

面白いことに、

「数字を書くのかなぁ?」などとしないまま、

8 を書いてしまいます。

 

 

3 を示されて、

3 を見たとき、

「ろく、しち、はち」と言われますから、

ひどく戸惑って、困りますが、

困っている間もなく、

= の右を示されて、

「ここ、はち(8)」と言われますから、

まねしているなどと思わないで、

= の右を見て、

そこに、8 を書いてしまいます。

 

前後を、

まねできることに挟まれて、

とても短い時間だけ、

ひどく戸惑って、困るような状態です。

 

 

それでも、

同じように 3 を足す実況中継型リードを、

繰り返し見ることで、

戸惑って、困っていることが、

「こういうことか」と言葉にするまでもなく、

突然、まねできるようになります。

 

戸惑って、困っていることを、

まねできるようになったとき、

子どもは、強い喜びを感じます。

 

強い喜びなのですが、

嬉しいと自覚することのない喜びです。

 

突然に起こることですが、

とても自然に起こることなので、

自覚することがないようです。

 

(基本  {\normalsize {α}} -1618)、(+-  {\normalsize {α}} -904)