(-4)-2=-6 を、自力で計算する体験知と、「なるほど」と理由を納得する体験知は、違っていて、互いに無関係なようです。

(-4)-2=  の答えが、

-6 になる理由を、

教えられて知った子です。

 

この子が、

教えられて知った理由は、

(-4)-2=  の

-4 を、4万円の赤字と理解して、

ひき算を、引き出しと理解して、

4万円の赤字から、

さらに、2万円を引き出せば、

赤字が 2万円増えて、

4+2=6万円の赤字ですから、

(-4)-2=  の答えは、

-6 となることです。

 

教えられて、

(-4)-2=-6  の理由を、

「なるほど、そういうことか!」と、

知る体験をしています。

 

 

「入れる学び」であり、

得られた知識は学習知です。

 

そうですが、

学習知を得るための学びの体験自体は、

体験知を生み出しています。

 

「なるほど、そういうことか!」と、

納得する気持ちが強いために、

どのような体験知を持ったのかが

ハッキリとしないだけです。

 

(-4)-2=-6  の理由を、

教えられて、

理解して、知る体験をしていますから、

必ず、何かの体験知を得ています。

 

 

同じ子が、

(-4)-2=  の答え -6 の出し方を、

こちらが答えを出す実況中継型リードを見て、

「そうか、分かった!」と、

つかむ体験もしています。

 

そして、

自力で、

(-3)-5=  や、

(-8)-7=  の答えを出す体験をします。

 

 

この子の答えの出し方は、

(-3)-5=  でしたら、

3+5=8  と足して、

- を付けて、-8 とします。

 

(-8)-7=  でしたら、

8+7=15  と足して、

- を付けて、-15 とします。

 

たし算の答えを出して、

- を付けるだけの計算ですが、

この子は、

実況中継型リードをみて学んでいますから、

言葉ではなくて、

「このような計算の仕方」のような

答えの出し方の体験知で、

自力で答えを出しています。

 

 

さて、

子どもの経験的な観察から、

(-4)-2=  のような負の数の加減まで進むと、

そう計算する理由を知ることと、

自力で答えを出すことは、

ほとんど関係していないことに

気付き始めるようです。

 

つまり、

(-4)-2=-6  の

理由を知るための経験から得る体験知と、

自力で計算できるようになる

経験から得る体験知は、

かなり違う体験知のようです。

 

(基本  {\normalsize {α}} -1687)、(分数  {\normalsize {α}} -649)