「集中が切れて、
計算から離れている子の
止まったままのたし算の答えを、
こちらが出してしまいます」は、
体験してみることで、
「本当だ!」となるようです。
実際に、
書いてあるとおりにできる方は、
「本当だ!」と体験しているはずです。
「本当だ!」と体験していなければ、
書いてあるとおりにできないはずです。
「本当だ!」となるまで、
アレコレに難しさを感じるようです。
例えば、
「集中が切れている子が、
こちらの答えの出し方を見ようが見まいが、
聞いていようが聞いていなかろうが、
注意を向けようが向けまいが、
子どもの勝手」が、
難しいこともあります。
あるいは、
「集中が切れて、
計算から離れているのですが、
そのようなことをまったく気にしない」が、
とても難しいこともあります。
さらには、
「自分メッセージですから、
「ここ、じゅういち(11)」と言って、
子どもに書いてもらおうとしても、
書かないようでしたら、
こちらが書いてしまいます」に
難しいこともあります。
同じことですが、
「鉛筆を持った子どもの手を
そっと優しく包み持って、
答え 11 を、
こちらが書くつもりで、
4+7=11 と書いてしまいます」が
難しいのです。
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