答えを出せなければ、「分からない」でいいのです。「出す学び」ですから。

「出す学び」の基本スタイルの

一人、座って、我が儘で、

筆算のひき算を学びます。

 

繰り下がりのない  { \normalsize { \begin{array}{rr}\:\:\:\: 76 \\ - 25 \\ \hline \end{array} }} \\  を習い、

一人、座って、我が儘に答えを出せるようになり、

繰り下がりのある  { \normalsize { \begin{array}{rr}\:\:\:\: 76 \\ - 58 \\ \hline \end{array} }} \\  を習い、

一人、座って、我が儘に答えを出せるようになり、

再び、

繰り下がりのない  { \normalsize { \begin{array}{rr}\:\:\:\: 76 \\ - 25 \\ \hline \end{array} }} \\  を計算するとき、

「分からない」と言う子です。

 

一人、座って、我が儘で、

答えを出す「出す学び」をしていますから、

答えを出せないのでしたら、

「分からない」でいいのです。

 

 

子どもの「出す学び」の対象は、

答えを出すことです。

 

答えを出せないから「分からない」です。

 

「思い出せない」でも、

「やり方が分からない」でもないのです。

 

 

こちらは、

できるはずの  { \normalsize { \begin{array}{rr}\:\:\:\: 76 \\ - 25 \\ \hline \end{array} }} \\  に、

「分からない」という子を、

答えを出せないとだけ、

理解します。

 

そして、

「分からない」と聞かれて、

即、

{ \normalsize { \begin{array}{rr}\:\:\:\: 76 \\ - 25 \\ \hline \end{array} }} \\  の答えを、

実況中継型リードを見せて出してしまいます。

 

これが、

「出す学び」をしているこちらの

出す対象です。

 

(基本  {\normalsize {α}} -1938)、(+-  {\normalsize {α}} -1104)