9÷4=
×
とする子です。
÷ の左の 9 を、
のままにして、
9÷4=
×
とすれば、正しくなります。
この子自身をリードするリーダーが、
9÷4=
÷
= とリードしてから、
÷ の左も右も
ひっくり返すリードをしています。
だから、
÷
=
×
と書きます。
この子自身をリードするリーダーが、
÷ の右だけを
ひっくり返すリードをすれば、
9÷4=
÷
= から、
×
と書くことができます。
リードの仕方の違いであって、
理解できているかどうかではありません。
こうなっていますから、
こちら自身が、
9÷4=
×
を正すために、
リードしている様子を見せます。
ただ、
自分自身をリードする様子を見せるだけです。
9÷4=
×
の
問題の式の 9 を示して、
「このまま」と言ってから、
この子の途中式 ×
の
を示して、
「上 9 、下 1」と言います。
この実況中継型リードで、
自分自身をリードしている様子を見せています。
こちら自身のリードの仕方を見た子は、
9÷4=
×
の
を、
に書き換えて、
×
を、
×
と正します。
これで、
子ども自身をリードするリーダーが、
リードの仕方を入れ替えれば、
正しい式を書くことができるようになります。
理解できたから、
正しい式を書くリードをできるようになったと、
思おうとしても、
無理があるでしょう。
言葉で教えていませんから、
「出す学び」で、
同じように、まねして、
正しく出せるようになっただけです。
「理解」を目的とする「入れる学び」でしたら、
子ども自身をリードするリーダーを、
育てる発想もないでしょうし、
リーダーに気付かせることもないでしょう。
そもそも、「入れる学び」で、
リーダーが、理解しているなどと、
考えもしないでしょう。
もう一人の自分を考えることもなく、
誰が理解したのかを気にしないで、
大雑把に、
子どもが理解したと捉えているはずだからです。
でも、
「出す学び」では、
当然のように
自力で答えを出すことを求めますから、
子ども自身をリードするリーダーを、
意識せざるを得ないのです。
このようなリーダーを認めれば、
子どもが自力で
答えを出すことを理解できます。
自力で答えを出すこと自体の理解には、
どうしても
もう一人の自分が必要になります。
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