2の段の九九から覚えています。1の段の九九は、覚えていません。でも、2÷1= を推測はできます。

2÷1=2  と書いて、

「これでいいよね!」と

確かめる子です。

 

子どもは、

こちらの顔を見ています。

 

こちらの表情の変化を、

凝視しています。

 

 

2÷1=2  に、

「これでいいよね!」と聞かれたこちらは、

正誤ではなくて、

この子の内面の育ちを、

この子のしていることから評価します。

 

この子の顔を、

こちらも見て、

視線を合わせても、

この子のしていることの材料になりません。

 

 

2÷1=  の答えを、

自力で出すと決めて、

2  と書いて、

合っていることを確かめたくて、

主体性の率先力で、

「これでいいよね!」と聞いています。

 

「どうやったの?」と、

この子が、

答え 2 を出した方法を聞きたくなります。

 

でも、

この子がしていることの流れを、

邪魔することになります。

 

「合っている」と、

即、

一言で返答することで、

この子がしていることの流れを、

手伝います。

 

 

6÷2=  の答え 3 を、

2の段の九九から探す子です。

 

2×1=2  、

2×2=4  、

2×3=6  から、

答え 3 です。

 

そして、

6÷2=3  と書きます。

 

このように、

九九を利用して、

割り切れるわり算の答えを出して、

書くことを繰り返すと、

6÷2=3  が、

2×3=6  になっていることに気付きます。

 

 

でも、

2÷1=  の答え 2 を、

1の段の九九の  1×1=1  、

1×2=2  を利用して、

出してはいないでしょう。

 

2÷1=  から、

1×〇=2  として、

〇 が、2 と出しているのでしょう。

 

もちろん、このように、

意識して計算していないでしょう。

 

2÷1=  を見て、

半ば無意識に、

1×2=2  が浮かび、

2÷1=2  と書いているはずです。

 

(基本  {\normalsize {α}} -2221)、(×÷  {\normalsize {α}} -349)