「切れたままの集中を、どのようにしたら戻せるのだろうか?」と考えれば、突然、集中が戻ることに気付いて、そうなるような教え方を選びます。

18÷2=、

21÷3=、

25÷5=、

24÷6=、

32÷8=、・・・。

 

このようなわり算に、

この子は、九九を利用して答えを出します。

 

18÷2= でしたら、

2の段の九九から、

答え 18 を探します。

 

2の段は、順に、

2×1=2 、

2×2=4 、

2×3=6 、

2×4=8 、

2×5=10 、

2×6=12 、

2×7=14 、

2×8=16 、

2×9=18 です。

 

答え 18 は、

2×9 の答えです。

 

これから、

18÷2=9 と計算します。

 

さて、

集中が切れて、

21÷3= で計算が止まっています。

 

このようなとき、

「どうして集中が切れたままなのだろうか?」と、

何となく思う方が多いようです。

 

これはこれで、

この子を伸ばしてあげたい愛行動ですから、

いいことなのですが、

もう少し別のことを思う方が、

この子を育てることになります。

 

「切れたままの集中を、

どのようにしたら戻せるのだろうか?」です。

 

「どうして集中が切れたままなのだろうか?」と、

「切れたままの集中を、

どのようにしたら戻せるのだろうか?」は、

似ていますが、

誰のことなのかが違います。

 

「どうして集中が切れたままなのだろうか?」は、

子どものことです。

 

「切れたままの集中を、

どのようにしたら戻せるのだろうか?」は、

こちらの教え方ですから、

こちらのことです。

 

ですから、

集中が切れて、

21÷3= で計算が止まっている子には、

「切れたままの集中を、

どのようにしたら戻せるのだろうか?」の答えが必要です。

 

「どうしたの?」、

「できるでしょ!」、

「3の段の九九だよ」、

「3×1=3 から言ってみたら・・・」のような

言葉かけの教え方があります。

 

実は、

集中が切れるときは、

突然です。

 

そして、

切れている集中が戻り、

計算し始めるのも突然です。

 

こうなっていますから、

このような言葉かけの教え方は、

突然、集中が戻り・・・と違います。

 

言葉かけがキッカケで集中を戻すのですから、

自力で、突然、集中を戻すときと、

かなり違います。

 

子ども自身、

心の中で、

「どうしたの?」のようにささやいていません。

 

突然、ハッとして、

計算に戻ります。

 

これに近いことのできる教え方があります。

 

突然、

こちらが、

21÷3= の 21 を、無言で示して、

「3×1=3」、

「3×2=6」、

「3×3=9」、

「3×4=12」、

「3×5=15」、

「3×6=18」、

「3×7=21」と、早口で九九を唱えて、

21÷3= の = の右を示して、

「しち(7)」とリードする教え方です。

 

(基本  {\normalsize {α}} -241)、(×÷  {\normalsize {α}} -056)、