算数や数学の計算問題の答えの出し方を、
習った流れから、
逆向きにさかのぼらせようとするとき、
子どもは、
強い難しさを感じます。
自力でさかのぼることが、
できなくても、
「分からない」や、
「どうやるの?」と聞く子は、
答えを出そうとする気持ちが残っています。
子どもの内面の
生まれながらの力 : 主体性を、
計算スキルを教えることと同時に、
育てようと意図して育てた子は、
主体性の自己責任の育ちの中間のレベルで、
こちらに聞いてでも、
答えを出そうとします。
答えを出すことに、
責任を持とうとしています。
一方で、
計算スキルだけを教えて、
子どもを育てた場合、
こちらに聞くことを選択できないままに、
ただジッとしてしまいます。
不思議なことですが、
同じようにジッとしてしまう子が、
多いのです。
そして、
ジッとしていることに、
つまり、とても困った状態になっていることに、
こちらが気付くのを、
待っています。
これは普通に見られる行動で、
主体性とは真逆の反応性の依存です。
だからこのようにジッとしている子に、
さかのぼるような頭の使い方させるとき、
反応性の依存から、
答えを出そうとする主体性も
同時に育てようとすれば、
育てることが可能なチャンスです。
流れを逆向きにさかのぼることを、
以下に、2つ、
具体的に説明します。
最初は、
高校数学の内容です。
2次方程式 で、
b=0 であれば、
のことで、
と書くのが普通です。
このような話の筋であれば、
子どもは、
楽に理解できます。
でも、
少しだけさかのぼらせて、
から、
を書くことに、
「こうでしょ・・・」と言われれば、
「そうだよ」と受け入れますが、
自ら、
書かなければならないとなれば、
発想できないのが普通です。
思い付きません。
教えられたら、
パッと理解できるやさしいことなのですが、
自力で思い付くことは、
とても難しいようです。
だから、
2次方程式 の解き方に、
解の公式を指定されてしまうと、
できなくなるのが普通です。
2次方程式 を、
解の公式で解くために、
2次方程式 の
a=3 、c=-12 まで分かるけれど、
b が分からないのです。
2次方程式 を見て、
解の公式 =
を使うために、
b がないのだから、
b=0 とするだけなのですが、
できないのです。
別の例です。
中学数学の 1次方程式です。
方程式の解き方を教える前の子に、
当てはまる数を探すゲームとして、
解を探させます。
手始めに、
3x=6 のような問題です。
3 に、x を掛けて、6 にします。
3の段の九九から、
当てはまる数は、2 です。
確かに、
3 に、2 を掛ければ、6 ですから、
当てはまる数は、
2 で間違いありません。
さて、
この 3x=6 の当てはまる数は、
3の段の九九の答えを利用していますから、
少しだけさかのぼる使い方です。
少し難しくして、
3x=2 のような問題です。
3 に、x を掛けて、2 にします。
3の段の九九は、
3×1=3 からです。
3の段の九九の答えを利用して、
3x=2 に、
当てはまる数を探せません。
でも子どもの発想の豊かさで、
分数のかけ算を、
少しさかのぼるように、
の形の分数を思い付きます。
これで、
3 に、 を掛けると、
分数の分子だけが残ることに気付きます。
こうなると、
x を、 にすればいいと、
すぐに気付きます。
分数のかけ算を、
少しさかのぼっています。
もう少し難しくすれば、
5x+4=9 のような問題です。
やはりこの問題も、
子どもの発想の豊かさで、
5x+4=9 の 5x を、
1つの塊とみて、
例えば、〇 に書き換えれば、
5x+4=9 は、
〇+4=9 になります。
この 〇+4=9 から、
たし算の答え 9 が分かっていて、
少しさかのぼることで、
〇 が、5 と気付きます。
5x を、1つの塊と考えて、
5x+4=9 を見て、
たし算の答えから、
少しさかのぼり、
1つの塊の 5x が、
5 と見つけています。
このことを式に書けば、
5x=5 ですから、
5の段の九九の答えから、
少しさかのぼれば、
x が、1と気付きます。
このようにすれば、
たし算や、かけ算の計算を、
あるいは、分数の計算を、
少しさかのぼりますが、
方程式の解き方を知らなくても、
方程式を解くことができます。
当てはまる数を探すゲームです。
計算を、少しさかのぼります。
(基本 -767)、(分数
-333)