ある種のアナログ体験知のような言葉にできない計算の手順のような何らかのまとまった知識にリードされて、計算しています。言葉にリードされて計算していません。ですから、言葉で説明しません。計算している姿を見せるだけにします。ごまかしのない教え方です。

実況中継型リードの教え方で、

計算を言葉でリードしない計算の仕方を

子どもに見せています。

 

例えば、

筆算のたし算   {\normalsize { \begin{array}{rr} 63 \\ +\: 29 \\ \hline \end{array} }} \\  を計算するときです。

 

3 と 9 を示すだけで、

「さん足すくは、じゅうに(3+9=12)」と言います。

 

これを見せるだけの教え方です。

 

 

一の位から計算すること、

上から下に見ること、

上の数と下の数を組みにすること、

足すこと、

このようなことを言葉で説明していません。

 

このような言葉にリードされて、

一の位の 3 と 9 を

上から下に見て、

3+9=12  と足していません。

 

何をするのかを言葉にリードされることなく、

 {\normalsize { \begin{array}{rr} 63 \\ +\: 29 \\ \hline \end{array} }} \\  の 3 と 9 を見て、

3+9=12  と足しています。

 

こちら自身、

言葉にリードされないで、

3 と 9 を見て、

3+9=12  と計算しています。

 

 

あるいは、

単項式の乗除   {\normalsize {2a÷5ab×b^{2}}}=  です。

 

こちら自身、

 {\normalsize {÷}} がある?」と、

言葉にリードされていません。

 

単項式の乗除の計算の仕方のような

ある種のアナログ体験知にリードされて、

 {\normalsize {÷}} を探して、

そして、分数の形にすることを決めています。

 

 

こちらの頭の中に

単項式の乗除の答えを出すための言葉が

まったくないのです。

 

言葉にリードされないで、

ある種のアナログ体験知のような

言葉にできない計算の手順のような

何らかのまとまった知識にリードされて、

計算しています。

 

このように計算していることを、

言葉で教えることなどできません。

 

そうして計算しているこちら自身の

計算している姿自体を

子どもに見せるのが

ごまかしのない教え方です。

 

ですから、

 {\normalsize {2a÷5ab×b^{2}}}=  の  {\normalsize {÷}} を示して、

「分数の棒」と言います。

 

(基本  {\normalsize {α}} -1314)、(+-  {\normalsize {α}} -714)

(分数  {\normalsize {α}} -529)

 

関連:2023年06月05日の私のブログ記事

「こちらが自力で、

答えを出している様子だけを見せるから、

見ている子は、自ら、

考えるべき問いを発して、

その問いの答えを出すように、

アレコレと自由に考えます」。