こちらが自力で、答えを出している様子だけを見せるから、見ている子は、自ら、考えるべき問いを発して、その問いの答えを出すように、アレコレと自由に考えます。

単項式の乗除(かけ算とわり算)の計算

 {\normalsize {2a÷5ab×b^{2}}}=  を、

こちらは見るべき所だけを見て、

すべきことだけをして、

書くべき所に書くだけで、

答えを出します。

 

見るべき所だけを見ていますが、

言葉で説明しません。

 

すべきことだけをしていますが、

言葉で説明しません。

 

書くべき所に書くだけですから、

言葉で説明しません。

 

 

例えば、

 {\normalsize {2a÷5ab×b^{2}}}=  の ÷ を、

無言で、ペン先で指し示して、

「分数の棒」とだけ言います。

 

式の中に、

÷ があることだけを見ています。

 

どこにあるのかを気にしていません。

 

ただ、

÷ が、

あることだけを気にしています。

 

こうしていることを、

無言で、ペン先で指し示すことで

教えていますから、

このような実況中継型リードで教えられる子は、

自然に、自動的に、自主的に、

「どういうこと?」、

「教えてくれないの?」、

「÷ を見るの?」、

「÷ だけを見るの?」、

このような質問を、

子どもが、

子ども自身に問い掛けます。

 

自ら、

考えるべき問いを発して、

その問いの答えを出すように、

アレコレと自由に考えます。

 

こちらは、

言葉で説明していないために、

子どもは、

こうするしかないのです。

 

 

少し続けますと、

÷ を、

無言で、ペン先で指し示して、

「分数の棒」とだけ言えば、

子どもは、必ず、

 {\normalsize {2a÷5ab×b^{2}}} {\Large\frac{\:\:\:}{\:\:\:}}  と書きます。

 

「えっ、分数の棒って?」、

「どこに書くの?」、

「自分が書くの?」

このような質問を、

子どもが、

子ども自身に問い掛けます。

 

自ら、

考えるべき問いを発して、

その問いの答えを出すように、

アレコレと自由に考えます。

 

そして、

自ら発した問いに、

自ら答えを出して、

自分自身をリードして、

 {\normalsize {2a÷5ab×b^{2}}} {\Large\frac{\:\:\:}{\:\:\:}}  と書いてしまいます。

 

 

この続きも同じような実況中継型リードで、

言葉で説明しないで、

こちらが、

自力で答えを出している様子を見せます。

 

ですから、

やはり同じように、

さまざまな質問自体を、

子ども自ら考えて、

そして、

子ども自身に問い掛けます。

 

自ら、

考えるべき問いを発して、

その問いの答えを出すように、

アレコレと自由に考えます。

 

言葉での説明を抜いたために、

このような面白いことが

自動的に起こります。

 

言葉で説明するような教え方であれば、

できないことです。

 

(基本  {\normalsize {α}} -1205)、(分数  {\normalsize {α}} -489)