「できるはずのことを、やろうとしない」子に、「できるはずのことを、してしまう」ことを、繰り返し体験させます。やがて、「できるはずのことを、してしまう」子に育ちます。

「自力でできるはず」のアレコレを、

こちらが代行しようが、リードしようが、

させてしまうことを繰り返すことで、

「自力でしてしまう」子に育ちます。

 

「できるはずなのだが・・・?」と

子どもを眺めていても、

「できるはずのことを、してしまう」子に

育つことはあり得ません。

 

こちら自身、

子どもと同じことをしているからです。

 

 

目の前の子は、

「できるはず」なことを

やろうとしていません。

 

見ているこちらは、

「できるはずなのだが・・・?」と

子どもが、やることを待っています。

 

「できるはずのことを、してしまう」ことを

子どもに体験させることが、

こちらはリードできるはずなのに、

していないのですから、

「できるはずのことを、やろうとしない」子と、

同じことを、こちらはしています。

 

 

「できるはずのことを、やろうとしない」子に、

こちらは、実況中継型リードで、

「できるはずのことを、してしまう」体験を

させてしまいます。

 

例えば、

{\normalsize {\begin{array}{rr}\:123 \\ \:\:\times\:\:\:\:\:\: 2\\ \hline \end{array}}}\\  のような「3けた×1けた」が、

初めての子に、

123 を百の位の 1 を、

何も言わないで隠すだけのリードをします。

 

こうすると子どもには、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  \:\:\:23 \\ \:\times  \:\:\:\:\:\:\: 2 \\ \hline \end{array}  }}\\  のような「2けた×1けた」だけが、

見えるはずです。

 

この「2けた×1けた」は、

「できるはず」なのですが、

何もしようとしない子です。

 

こちらが、何かを教えてくれるはずと、

待っている感じです。

 

 

ですから、

「できるはずのことを、やろうとしない」この子に、

「できるはずのことを、してしまう」体験をさせます。

 

{\normalsize {\begin{array}{rr}\:123 \\ \:\:\times\:\:\:\:\:\: 2\\ \hline \end{array}}}\\  の 1 を隠して、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  \:\:\:23 \\ \:\times  \:\:\:\:\:\:\: 2 \\ \hline \end{array}  }}\\  を見ながら、

「にさんがろく(2×3=6)」とリードします。

 

このようなリードを見て、

子どもは素直に、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  \:\:\:23 \\ \times  \:\:\:\:\:\:\: 2 \\ \hline \:\:\:\:\:\:\:6\end{array}  }}\\  と書きます。

 

「できるはずのことを、してしまう」体験です。

 

 

リードを続けて、

「ににんがし(2×2=4)」です。

 

「できるはずのことを、してしまう」体験を、

もうしていますから、

子どもはすぐに、

 {\normalsize {  \begin{array}{rr}  \:\:\:23 \\ \times  \:\:\:\:\:\:\: 2 \\ \hline \:\:\:\:\:46\end{array}  }}\\  と書きます。

 

続きを省略しますが、

このような実況中継型リードで、

「できるはずのことを、やろうとしない」子に、

「できるはずのことを、してしまう」ことを

体験させることができます。

 

(基本  {\normalsize {α}} -1360)、(×÷  {\normalsize {α}} -242)

 

関連:2023年07月19日の私のブログ記事

「自力でできるはずなのに、しない子が普通です。

自力でできるから、してしまうようになるのは、

大きく育った後です」。