46÷2= は、筆算に書かないで、パターン化したやり方で、このまま計算できます。シンプルなパターンであるために、捉えどころのない計算です。子どもがつかむまで、判で押したような同じ教え方を繰り返します。

46÷2=  や、60÷2=  のわり算を、

このまま計算します。

 

筆算に書きません。

 

2の段の九九を、

2×23=46  や、

2×30=60  まで延長するようなこともしません。

 

2×1=2  から、

2×9=18  までに、

2×0=0  だけを増やして、

46÷2=  や、60÷2=  のまま

答えを出すことができます。

 

 

46÷2=  の 6 を隠して、

「4÷2=2」と割って、

46÷2=2  と書いて、

4 を隠して、

「6÷2=3」と割って、

46÷2=23  と書きます。

 

2~3秒後に、

書き終わります。

 

 

60÷2=  も、

同じように計算します。

 

60÷2=  の 0 を隠して、

「6÷2=3」と割って、

60÷2=3  と書いて、

6 を隠して、

「0÷2=0」と割って、

60÷2=30  と書きます。

 

やはり、

2~3秒後に、

書き終わります。

 

パターン化した計算ですから、

パターンをつかんでしまえば、

繰り返し答えを出すことができます。

 

 

こちらが、

子どもに教えるとき、

このようなパターンで答えを出して見せれば、

子どもは、

「百聞は一見にしかず」で、

パターン化された計算であることを理解します。

 

でも、

パターン化された計算は、

シンプルであるだけに、

つかみにくい計算の仕方です。

 

大きな個人差がありますから、

5回見ても、

つかめない子がいます。

 

 

5回でつかめない子には、

6回目を見せます。

 

それでもつかめなければ、

7回目を見せます。

 

パターン化したシンプルさだから、

つかみにくいことを承知しておきます。

 

「もう、5回も教えている」、

「まだ、つかめないの?」と、

ネガティブに反応しません。

 

6回目であろうが、

7回目であろうが、

今回が、初めてとして、

シンプルで、

つかみ所のないパターン化した計算を、

淡々と見せます。

 

パターン化した一定のやり方だけではなくて、

こちらの態度も、

判で押したように、

まったく同じにしてしまいます。

 

だから子どもは、

こちらを信頼して、

シンプルなパターンをつかむことに集中できます。

 

(基本 {\normalsize {α}} -884)、(×÷  {\normalsize {α}} -165)