「正しい学び方」と、「間違えた学び方」があります。答えの正誤ではありません。「学び方」が正しいかどうかです。筆算のひき算を例にします。

{ \normalsize { \begin{array}{rr}\:\:\:\: 10 \\ -\:\:\: 4 \\ \hline \end{array} }} \\  を自力で計算します。

 

そして、

 {\normalsize { \begin{array}{rr} \:\:\:\:10 \\ -\:\:\:\: 4\\ \hline \:\:\:\:6\end{array} }} \\  と、正しくできたのに、

消してしまってから、

「分からない」と聞く子です。

 

計算は正しくできています。

 

でも、

学び方は、

間違えています。

 

 

{ \normalsize { \begin{array}{rr}\:\:\:\: 10 \\ -\:\:\: 4 \\ \hline \end{array} }} \\  を計算する目的は、

自力で答えを出せるようになることです。

 

ですから、

この子が自力で、

 {\normalsize { \begin{array}{rr} \:\:\:\:10 \\ -\:\:\:\: 4\\ \hline \:\:\:\:6\end{array} }} \\  と書いたこと自体は、

目的に合っている正しい学び方です。

 

自力で答えを出したからです。

 

正しい学び方をしています。

 

でも、

答えが正しいことと、

学び方が正しいことは、

無関係です。

 

つまり、

 {\normalsize { \begin{array}{rr} \:\:\:\:10 \\ -\:\:\:\: 4\\ \hline \:\:\:\:6\end{array} }} \\  と書いたことから、

この子の答えの出し方は、

「正しい答えを出す」出し方だと評価できます。

 

「間違えた答えを出す」出し方で、

答えを出す子もいます。

 

答えは間違えていますが、

学び方は、間違えていません。

正しい学び方です。

 

ただそれだけのことです。

 

 

回りくどい話しですが、

「正しい学び方」と、

「間違えた学び方」ですから、

「正しい学び方」を身に付けさせるようにします。

 

 {\normalsize { \begin{array}{rr} \:\:\:\:10 \\ -\:\:\:\: 4\\ \hline \:\:\:\:6\end{array} }} \\  と、

自力で答えを出して、

出した答えの正誤が気になったら、

出した答えを消さずに残して、

「合っていますか?」や、

「これでいいのですか?」と

聞くような子に育てます。

 

子どもは、

出した答えの正誤を気にしていても、

こちらは、

「正しい学び方」なのか、

それとも、

「間違えた学び方」なのかを気にしています。

 

気にする対象が違います。

 

 

{ \normalsize { \begin{array}{rr}\:\:\:\: 10 \\ -\:\:\: 4 \\ \hline \end{array} }} \\  のようなひき算レベルの子が、

自力で出した答え   {\normalsize { \begin{array}{rr} \:\:\:\:10 \\ -\:\:\:\: 4\\ \hline \:\:\:\:6\end{array} }} \\  を、

消してしまってから、

「分からない」と聞いたとき、

「学び方が間違えています」、

「書いた答えを消さないで聞くようにすれば、

正しい学び方になるのですが・・・」と、

説明しても、

子どもにまったく伝わらないでしょう。

 

一言、

「消さない」と、

消してしまった後ですが、

消さないように圧力を掛けます。

 

消してしまってから聞く子に、

その都度、

「消さない」とだけ圧力を掛け続ければ、

やがて、

消さないで聞くようになります。

 

つまり、

「間違えた学び方」が、

「正しい学び方」に変わります。

 

(基本  {\normalsize {α}} -1004)、(+-  {\normalsize {α}} -535)