計算の答えを自力で出すとき、自分が、自分自身をリードしています。教え方一つで、このようなことに気付かせることが可能です。

5+4=  を、

6、7、8、9 と数えて答えを出すたし算も、

筆算   {\normalsize { \begin{array}{rr} 27 \\ +\: 16 \\ \hline \end{array} }} \\  のたし算も、

自力で答えを出すとき、

子どもをリードしているのは、

子どもの内面で、

子ども自身をリードしているリーダーです。

 

このようなリーダーが、

どの子の内面にも、確かにいて、

その子をリードしているから、

自力で答えを出すことができます。

 

自力とは、

自分が、自分自身をリードすることです。

 

 

確かに、このようなリーダーが

子どもの内面にいますが、

見ることも、

感じることもできないために、

いること自体にも、

リードしていることにも、

まったく気が付きません。

 

自分では気が付かないままに、

自分自身をリードするリーダーにリードされて、

そして、

自力で答えを出しています。

 

 

さて、

四則混合

3×(5-3)=  や、

1-2÷3=  の計算は、

計算する前に計算順を決めさせます。

 

3×(5-3)=  の計算順は、

かっこの中の - 、

かっこの前の × 、

1-2÷3=  の計算順は、

右の ÷ 、

左の - と、

計算する前に決めることができます。

 

このように、

計算する前に計算順を決めているとき、

子どもは何となく、

自分が自分自身をリードして

計算順を決めているらしいと感じるようです。

 

計算そのもののときよりも、

計算順を決めているときに、

自分自身をリードしていると感じるようです。

 

 

四則混合を計算する前に、

手間を惜しまないで、

「計算順は?」と聞き続けるだけで、

子どもは、

自分が、自分自身をリードして、

計算順を決めていることに

何となく気付いてしまいます。

 

四則混合を練習している一定期間、

計算する前に、

「計算順は?」と繰り返し聞くだけで、

自分の内面のリーダーが、

自分自身をリードしていることに、

何となく気付きます。

 

言葉で説明しても理解できない内容を、

子どもが自力で感じてしまうのですから、

「計算順は?」と聞く手間は、

大きなご褒美をもたらしてくれます。

 

 

もう少し進み、

連立方程式  {\begin{eqnarray}\left\{\begin{array}{1}7x+3y=24\\4x+3y=15\end{array}\right.\end{eqnarray}}  を解く前に、

解き方を決めさせます。

 

この連立方程式でしたら、

上の式から下の式を引くことで、

未知数 y を消して、

未知数 x だけの方程式にして、

解いていく・・・のように

解く前に、解き方を決めます。

 

このあたりまで進むと、

自分が自分自身をリードして、

解く前に解き方を決めていることを、

かなりハッキリと意識しています。

 

そして、

何となくですが、

自分の内面に

自分自身をリードするリーダーがいることも、

意識し始めるようです。

 

 

このように、

計算問題の教え方一つで、

とても貴重な気付きを

子どもは持つことが可能です。

 

そして、

自分が、自分自身をリードしている気付きは、

算数や数学の計算問題に限らないことを、

子どもも

すぐに気が付きます。

 

こうなると、

このようなことを気付いた子は、

その後の育ちが飛躍していきます。

 

(基本  {\normalsize {α}} -1303)、(+-  {\normalsize {α}} -707)

(分数  {\normalsize {α}} -523)

 

関連:2023年05月27日の私のブログ記事

「子どもが、自分自身をリードして、

算数の計算問題の答えを出します。

自分自身をリードしていると、

気付かないまま、そうしています」。