集中が切れることは、普通に、しかも自然に起こることです。自力で計算に戻ることは、普通に起こりません。こちらにリードされて、計算に戻る体験を重ねることで、普通に戻せるようになります。

6+7= 、4+5= 、7+3= のような

たし算 100問の途中で、

集中が切れてボ~ッとします。

 

1回や、2回ではありません。

 

5回、10回、15回と、

集中が切れてボ~ッとして、

たし算の計算から逃げます。

 

「また、集中が切れている」、

「何回目だと思っているの!」、

「計算できるのだから、やっちゃいなさい」・・・と、

見ているこちらがイライラするようなことです。

 

ですが、

集中が切れることは、

普通に起こることだから、

起こることが起こっているだけです。

 

普通に起こることだから、

10回、15回と集中が切れるのです。

 

ただそれだけのことです。

 

 

集中が切れてボ~ッとしていることは、

普通に起こることですが、

見ている周りが期待している

たし算の計算に戻ることは、

普通に起こらないのです。

 

さて、

集中が切れてボ~ッとしているとき、

集中が切れたままでも、

そのことはそのこととしておいて、

たし算の計算に戻ることは、

戻りたいと思ったときに

戻ることができます。

 

このことは、

普通に起こりませんから、

学ぶことで、

自力で、できるようになることです。

 

そして、学び方は、

体験することで学ぶ体験知です。

 

言葉で説明されて学ぶ学習知であれば、

ことは簡単なのですが、

残念ながら、

そうではありません。

 

 

体験知ですから、

集中が切れてボ~ッとしているときは、

じつは、子どもに体験させるチャンスです。

 

たし算 100問の途中で、

集中が切れてボ~ッとしていたら、

切れている集中をそのまま切れたままにして、

それとはまったく別に、

止まっている計算  7+3=  の 7 を示して、

「しち」と声に出して言って、

3 を示して、

「はち、く、じゅう」と声に出して数えます。

 

こちらが、

このようなリードをすることで、

子どもは、集中が切れていることと

たし算の答えを出すことは、

まったく無関係に、

しかも、同時にできることを体験します。

 

「えっ、何なの?」、

「こんなことできるの?」のような

なんとも言えない不思議な感じの体験です。

 

 

5回、集中が切れてボ~ッとしていたら、

5回、

集中が切れていることと、

たし算の計算をすることを、

同時に行う体験をさせることができます。

 

10回、集中が切れてボ~ッとしていたら、

10回、

15回、集中が切れてボ~ッとしていたら、

15回、

切れたままの集中と、

同時に行うたし算の計算を

体験させることができます。

 

やがて、

集中が切れることが普通に起こるように、

集中が切れたまま、

同時にたし算の答えを出すことができることが、

普通に起こせるようになります。

 

子どもの体験知が重なって、

学びが進んだからです。

 

もちろん、

1日や、2日ではなくて、

月単位の時間は掛かりますが、

集中が切れても、

たし算の計算に戻ることが、

普通に起こせるようになります。

 

(基本  {\normalsize {α}} -1345)、(+-  {\normalsize {α}} -735)

 

関連:2023年10月19日の私のブログ記事

「7+3=  のようなたし算で、

集中が切れて、ボ~ッとしている子です。

このブログでお勧めの指導をすれば、

「なるほど」と、体験知を得ることができます」。