1 を足すたし算を、
例えば、
2+1= の 2 を示して、
「に」と言って、
1 を示して、
「さん」と言って、
= の右を示して、
「ここ、さん(3)」の実況中継型リードで、
実際に教えます。
すると、
子どもは、じきに、自力で、
1 を足すたし算の答えを出せるようになることが、
分かります。
10問や、
20問の実況中継型リードは必要ですから、
子どものアレコレの変化や、
こちら自身の内面のアレコレの変化や、
「じきに」の実際の時間が
体験知の内容です。
1 を足すたし算の答えを
自力で出せるようになっても、
観ていてギクシャクとしていますから、
さらに、1 を足すたし算を練習させます。
子ども自身、
1 を足すたし算の答えの出し方に
未熟であることを感じていますから、
前向きに、1 を足すたし算を練習します。
実際に指導していれば、
「ギクシャクさ」や、
「未熟さの自覚」などを
体験知として知ることになります。
言葉にすることが難しい内容を、
「このようなのがギクシャクさ」や、
「未熟さをこのように感じている」が、
体験知の言葉にできない正体です。
じつは、
こちらが、このような体験知を持てば持つほど、
子どもが頼ることのできる威厳になります。
「この人の指導は間違いがない」のような
安心感のような威厳です。
(基本 -1514)、(+- -838)
関連:2023年12月19日の私のブログ記事
「1 を足すたし算の数唱の一部分や、
2 を足すたし算の 1つ飛びの数唱の一部分や、
3 を足すたし算の 2つ飛びの数唱の一部分が、
育つことと、育つまでの期間を、指導体験から、
体験知として知ります。そして、
4 を足すたし算の 3つ飛びの数唱の一部分は、
育たないことを、やはり体験知として知ります」。